間嶋浩明 | 名古屋支社

いつの時代でもアナログの方が大切な時もある

名古屋支社
間嶋浩明(1989年入社)
間嶋は、入社以来20数年に渡り、鉄筋を担当してきた。以前は、鉄筋を扱う部署の部長として部全体を監督してきたが、現在は名古屋支社の支社長として、鉄筋だけでなく、支社全体を監督する立場にある。
間嶋浩明

顔と顔を突き合わせた関係

間嶋が入社をしたのは平成元年。
金融バブルといわれる時代で、金融市場の規模が急速に拡大して、市中に豊富な資金が供給され、株や不動産などの投機的な投資に余剰資金が向けられた。
そのような世相であったため、学生の就職先も銀行や証券会社が主流の時代だったが、間嶋は鉄鋼業界を選んだ。「母方の実家が鋼材関係の仕事を営んでいたため、昔から鉄と関わりがありました。自分にとって馴染みがあったので、鉄に関わる仕事に興味がありました。」
入社をしたのは当社の前身となった丸紅系の建材を扱う会社で、間嶋はプロパー2期生として入社した。「設立して間もない会社だったので、親会社から来ている人もいました。しかし、親会社だからとか、プロパーだからといった隔たりは感じない環境の下で仕事ができました。」
間嶋が配属となったのは、後に20数年にわたり取り扱うこととなった“鉄筋”を扱う部署だった。自身にとって鉄は身近なものではあったものの、鉄筋は見るのも初めてだった。
「鉄筋のことは何もわからなかったので、とにかく勉強の毎日でした。」そして、入社から数か月後に持たせてもらえた特約店といわれる鋼材問屋で自身としての初めての契約を受注することができた。
また、新人時代には忘れられない失敗も経験した。間嶋はメーカーへの鉄筋の仕入れを忘れてしまったことがあった。「当時は1tあたり4万円だった鉄筋価格が、まもなく5万円と、急上昇した時期でした。発覚後はいてもたってもいられず、すぐにメーカーの営業部長のところへ向かい、価格上昇前の価格で売ってもらえました。」メーカーにしてみれば、6万円で売れた方が利益になるにも関わらず、4万円で売ってくれたのだ。
間嶋は普段から顔と顔を突き合わせた真摯な対応を心がけていたため、営業部長も間嶋のそういう一面を高く評価してくださり、新人として育て、見守ってくださっていたところがあったのだろう。「当時は営業部長だった方が社長になった今でも、付き合いが続いており、今だに当時の話を出されるときがあります。しかし、あの時は本当に助けられましたよ。」

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紙と鉛筆

当時は商品の受発注は今のようにシステム上でのやり取りではなく、FAXで注文書を流したり、取引先に持参していた。今思えば、顔と顔を突き合わせて仕事をすることが今よりも多かった。
「自分は電話やメールよりも、直接顔を合わせて仕事をする方が好きだったし、メールだと顔も見えないから自分が相対している人がどんな人なのかもわからない。それに、対面することで初めて感じられる相手の息遣いや表情を読み取ることもできません。」
商社の仕事は対人な部分が大きいため、そういう感性を身に付けることが非常に重要で大切なのだという。当時の先輩方からは仕事面だけでなく、このような仕事に対する考え方の芯を教わった。
「便利な時代になりましたが、部下には“紙と鉛筆”ということを言いたい。アナログかもしれないが、時としてそっちの方が大切な時もあるということを知ってもらいたい。」と間嶋は言う。
もう一つ、間嶋が仕事をするうえで根底に持っていることがある。
「当時の社長に“喜怒哀楽のある人間になりなさい。”と言われました。今でもこの言葉は鮮明に残っています。この業界は人と人の結びつきが仕事に結びつきます。人と接して直に喜怒哀楽を出す。自分の場合はそれが楽しくもあり好きなことでした。」

後進のための種まき

自身にとって初めての転勤を伴う異動となったのが、2009年の北海道支社への異動だった。「ここでは、支社長代行という立場で行ったので、今までの鉄筋だけでなく、他の品種を含む、支社全体を見なければなりませんでした。」
北海道支社は、広大な北海道全域を札幌にある支社で網羅していたため、遠くの客先はなかなか訪問する機会を作ることができない。「一つの客先につき、訪問できるのは年に2回程度。相談を受け、最適な商流を提案するのが商社の大切な役割にも関わらず、頻繁に訪問できないため、実際に相談を持ちかけていただけるようになるまで、赴任して2,3年かかりました。しかし、顧客との関係ができた後は、相談事をされるようになり、提案も含めてやり取りできるようになりました。」
ようやく客先との関係が出来上がった頃、再び東京に異動となった。「せっかく関係を築くことができて、これからという時だったので、残念な思いもありましたが、自分としては部下のために種まきができたと思っています。」

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若手、部、会社の進むべき道

現在、名古屋支社は総勢15名超の2課体制。間嶋は支社長として支社全体を指揮する立場にある。東京、北海道、名古屋を経験して多くの若手社員を指導してきた間嶋はこれからを担う彼らに伝えたいことが多いという。「とにかく元気に仕事をやってほしいですね。若さはそれだけで強みですから。そして、自分で物事を決められる決断力を養ってほしい。上司に対して、報告・連絡・相談をするのは当たり前です。最終的に判断するのは上司であっても、一担当者として自分自身はどう考え、どう判断をするのかということを常に持っていてほしいですね。課長を筆頭にベテラン社員がしっかりしているから若手社員はなんでも相談してしまっているところがあるように感じています。頼れる先輩がいることは頼もしいですが、ただ相談をするのではなく自分の意見を持ってぶつかっていくような部下がいてもいいと思うんです。」
支社全体に対しては、「支社全員が仕事が楽しくて幸せだと感じてほしいと思っています。思いを持っているのに言わないのが一番よくないですからね。そういう支社にしていくためには、遠慮しないで発言する必要がある。そういう些細なところが仕事にもきっと活きてくると思うんですよね。」
支社だけでなく、会社としてみたときに、今後どんな会社にしていきたいと考えているのだろうか。
「仕事を通じて、皆が頑張れるような達成感が持てる会社です。そして数字ももちろん大切ですが、物事の過程を重んじることができるような上司であり、会社にしていきたいです。失敗をしないと反省は生まれません。人はその繰り返しの中で成長をしていきます。成長をすると自信が持てる。自信が持てると達成感につながりますからね。」

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先輩社員一覧

  • フロアーPCa事業部 九州システムフロアー課 徳永義幸(2005年入社)
  • 名古屋支社 間嶋浩明(1989年入社)
  • 土木建材部 土木建材3課 中谷佳祐(2011年入社)
  • 住宅建材部 住宅建材課 菊地孝之(2000年入社)
  • 棒鋼部 棒鋼3課 中本慎太郎(2008年入社)
  • 建築建材部 建築建材1課 山口俊(2009年入社)
  • 鍛造加工品部 鍛造加工品課 増子進太郎(2013年入社)
  • 棒鋼部 棒鋼1課 土岐舞子(2014年入社)